【終戦記念日に黙祷を】1945年8月15日正午、日本降伏

終戦記念日

8月15日終戦記念日。終戦の日とも称されます。

1945年(昭和20年)8月15日に玉音放送によって日本の降伏が国民に公表された日ですね。以後、毎年のように祈念式典を行い、正午に黙祷を行うのが通例となっています。

2015年現在で、人類史上初めて核兵器が使われてから「戦後70年」が経過しましたが、この戦後○○年とカウントが出来るというのは本当に素晴らしい事なんだと感慨深く思います。

これは、日本が戦争というものを手放し、それ以降争いを行っていないという証明であります。同じ過ちを繰り返さなかったからこそ出来るカウントなんですね。

戦後、70年もの間争うこと無く平和に過ごせました。この70年を80年、90年、100年と増やしていくこと、それが今の我々のすべき事と思います。

アンケートの結果、悲しい事に日本の歴史上で類を見ない被害を受けた原爆が投下された日を答えられない人が7割にも及ぶとか。

オッサン(゚∀゚)ら、社会人の基礎知識として、せめて投下された日くらいは重要事項として覚えましょう。

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広島・長崎の原爆投下と終戦まで

1945年8月6日 8時15分 広島へ原爆投下(ウラン爆弾)

1942年8月、「マンハッタン計画」と名付けられたアメリカを中心とする極秘の原爆製造計画が開始。

何度か投下都市の変更があったのものの、最終的には広島・小倉・新潟・長崎の4つの目標が選ばれており、原爆の効果を正確に測定できるよう直径3マイル(約4.8km)以上の市街地を持つ都市の中から選んだとされています。

1945年8月、原爆投下の日から12月にかけて、被曝死亡者数は「9万人~16万人」と推定されています。当時の広島市の人口は推定35万人でしたので、実に約半数の人々が、たった1発の爆弾で亡くなってしまった事となり、その破壊力と非道さはこの数字を見るだけでも充分伝わりますね。

これが実戦で使用された、人類史上初の核兵器 です。

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1945年8月9日 11時2分 長崎へ原爆投下(プルトニウム爆弾)

8月6日の広島原爆投下から3日後、当初の目標は「小倉市」でしたが、八幡空襲で生じたモヤによる視界不良の為、第2目標であった「長崎市」に投下される事となりました。

被曝死亡者数は「約7万人」と推定されており、この二発目の核兵器によって日本は降伏する事となります。実戦で使用された 人類史上で二発目の核兵器 でした。

終戦記念日

そして恐ろしい事に、実は投下されていないだけで「三発目の核兵器」も既に用意されていたそうです。目標は爆撃訓練の情報から「第三の投下は京都」と考えられています。

日本は二発目の長崎原爆後、無条件降伏をしたために三発目の核攻撃を受けることをなんとか免れたのでした。

もし決断が遅かった場合、京都も核攻撃を受けていた可能性がありますが、京都は皆がご存知「日本の古都」として文化遺産が多い地区です。

原爆投下によって全てを無にされてしまう寸前の所であったという事ですね。

1945年8月15日正午 大日本帝国 無条件降伏

1945年7月26日、全日本軍の無条件降伏等を求めた全13か条から成る宣言のポツダム宣言が日本に発せられました。

このポツダム宣言、言葉は良く耳にすると思いますし、みなさんも一度は学校の教科書などで見覚えがあるのではないかと思います。しかし、どういった内容なのかという事はなかなか説明出来ないのではないでしょうか。

実は未だに教科書には内容がハッキリ載っていないらしいです。どのような理由なのかは存じませんが・・・。

ポツダム宣言の要約

全文は長いため、割愛・要約してまとめています。

  1. 合衆国大統領、中華民国政府主席、及び英国総理大臣は協議の上、日本に対し戦争を終結させる機会を与える。
  2. 我々の軍隊は増強を受け、日本に対して最終的な打撃を加える態勢を整えた。
  3. 日本に対する戦力は、日本の本土を完全な破滅状態に出来る。
  4. このまま軍国主義的な助言者が統制するか、それとも降伏すべきか選ぶ時がきた。
  5. 我々の条件は以下の条文で示すとおりだ、執行の遅れは認めない。
  6. 日本国民を欺いて世界征服に乗り出す過ちを犯させた勢力を永久に除去する。そうしないと平和・安全・正義の新秩序は得られないからだ。
  7. 戦争能力が失われたことが確認される時までは、我々の指示する基本的目的の達成を確保するため、日本国領域内の諸地点は占領されるべき。
  8. カイロ宣言の条項は履行されるべきで、日本国の主権は本州、北海道、九州および四国と諸小島に限定されるべきだ。
  9. 日本軍の武装が解除された後は、家庭に帰って平和・生産的に生活出来る機会を与える。
  10. 日本人を滅亡させる意思は無いが、我らの捕虜を虐待した者を含む一切の戦争犯罪人に対しては厳重な処罰を加える。
  11. 経済復興し、課された賠償の義務を履行するための生産手段、戦争と再軍備に関わらないものは保有して良い。将来的には国際貿易に復帰を許可する。
  12. 諸目的が達成され、かつ国民の自由に表明された意思に従って平和的になり、かつ責任ある政府が樹立された場合は、占領軍は撤収する。
  13. 日本政府が全日本軍の即時無条件降伏を宣言し、同政府の誠意によって適正で十分な保障を提供することを同国政府に対し要求する。これ以外の選択肢は「迅速且つ完全なる壊滅」があるのみだ。

原文が難しいので要約しきれていない箇所もありますが・・・全文を一通り読んで頂くとポツダム宣言の全貌が見えてくると思います。

つまり、ポツダム宣言とは日本に「降伏しなさい、じゃないと日本は壊滅するよ。再建は手伝うからもう降参しなさい」と伝えたものなんですね。

これに対し当初日本は「笑止(何を言うのだ、ばかばかしい)」と反発していたのですが、
広島・長崎に核攻撃を受ける結果となったのです。

そして1945年8月15日正午。昭和天皇による終戦の詔書の音読放送があり、この日をもって大日本帝国は無条件降伏し「終戦」となりました。

さいごに

終戦記念日

8月に起こった、たった二発の悲劇。しかしその一撃一撃は言葉に出来ないほどに重く、今でも悲劇は語り継がれています。

どんなに便利な道具であっても、使い方を誤ってしまえば甚大な被害を被ります。

包丁は食べ物を調理しやすく切る事が出来ますが、人を簡単に殺める事ができます。電気は我々の生活を豊かにし、美味しい食事や大事な仕事に使いますが、人を処刑する事も出来るのです(´Д`)

科学はどんどん進歩し、未来は今よりももっと便利に、もっと理想郷に近い世界になるでしょう。しかし、扱う人間が人の道を外れてしまえば簡単に世界は消滅してしまうのです。

実際に広島、長崎で核兵器を持って多くの人を殺めたという事実がある以上、それはお伽話の世界などではなく、いつでも起こりうる可能性を秘めた話です。

悲しみは悲しみしか産まない、それは全人類が当たり前に持っている共通認識ではないのか。どんな世界の人であっても、我が子や恋人、愛する妻や夫を守り抜きたいし、失えば当然に辛くて悲しいものです。

その思いは復讐を産みますし、その復讐は新たな悲しみを作り出し、そうしてやがて報復の連鎖が出来上がってしまいます。

『同じ過ちを繰り返してはいけない』これが戦争の遺族や、戦争自体からのメッセージであると思います。「全世界で唯一、核兵器による攻撃を受けた国」として今後同じ過ちが繰り返されないよう後世に受け継いで行きたいですね。

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