他人の偏見で人生を決めるな!偏見と先入観が誤った価値を植え付ける

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偏見で人生を決めるな

こんにちは。会社員ブロガーのゆーま(@xx_oyaji_xx)です。

私は他人の偏見でイチイチ自分の行動が縛られるのが、大っ嫌いです。

友人、恋人、夫・妻、上司、同僚、肉親、兄弟、教師、テレビや雑誌、芸能人の発する言葉・・・我々は色々な他人の偏見の影響下でスクスクと育っています。

そして、時にその偏見に操られながら生きています。

他人の偏見の何がイヤって、客観的な根拠なしにくだらない先入観だけで、さも親切そうに人に指図したり、忠告してくるところなんですよね。

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偏見は持っても良いが、押し付けてはいけない考えだ

偏見

幼少の頃から他人に囲まれて生きていれば、自然と偏見にまみれていきます。そしていつしか自分もたくさんの偏見を持って育ちます。

いいんですよ、偏見を持っても。

誰しもが持っているものだし、逆に偏見が1つもない人はロボットか何かかもしれん。

気づいて欲しいのは、「あなたの偏見は、私の意見とは違う」ってこと。

相手の偏見に同意できる場合は「あ~、私もそう思うわ」で済みます。

ですが、明らかに根拠がなく、勝手な思い込みだけで相手にしつこく同意を求めたり、自分の偏見で相手をコントロールしようとするのは、本当に迷惑な話。

話を聞いていても、「またコイツはたいした根拠のない話してんな」としか思いませんし、こちらは呆れながら話を聞いています。

たいした根拠もないクセに、『あなたも気をつけたほうがいいよ』とか『やめたほうがいいよ』とご丁寧に忠告までしてくる。

時には『やめなさい』と命令までしてくるのですよ。

正直、「知ったことか」と言いたい。

他人の偏見に、一体どれほどの価値があると思う?

偏見を言い放つ人の言葉は、その人が持っている「少ない情報量から想定」した、勝手な思いつきで出たものです。

または、その人が育ってきた環境やその人の趣味嗜好など、その人にしかわからない感覚で物事をとらえて、それを言葉に変えています。

つまり、たいした根拠も証拠もないケースがほとんど。

そしてタチの悪いことに、それらが誤った情報だという確固たる証拠を見せても、なかなか考えが変わらないんです。

きみは一体なにを守っているんだい?

こちらはとても疑問ですよ・・・。

このような『偏見』に「そうなんですか!」とホイホイついていくと、変な知識を埋め込まれた上、最悪はその情報を拡散してしまい、偏見だらけになってしまいます。

すでに世の中は偏見だらけなのでもうお手上げですが、偏見には価値などないのですよ。

自分の感覚を大切に持とう

自分の感覚

偏見に対して「あ~確かにそうかもね!」と簡単に納得する人は、今後は一生他人の偏見の中で生きていくことになります。

そうならないためにも、すぐに偏見を言う人の側から離れるか、もしくは「偏見は思っていても口にしない」と自分に約束するといいですよ。

相手の偏見について哀れな視線を向け、「(自分はこうはなるまい・・・)」と考えていればいいです。

自分には自分の考えや生き方があって、どっかの他人と同じ考えではないのです。

なんの根拠もない言葉に踊らされる必要など全くないですし、そのように過ごした人生は時間の無駄です。

これは偏見だな・・・と思ったら「とにかく調べる」これが最強ですよ。

相手の意見は適切なのか、ちゃんとしたデータがあるのか、理由付けができるのか、そして自分が納得できるのか。

自分が納得できるデータがあったら、そこで初めて「前に聞いた○○だけど、調べたらマジだった(笑)」って言えばいいですよ。ホントそれだけのこと。

そしたら相手も「でしょ~~!」ってなモンです。

人を取り巻く環境は昔から偏見まみれと化していますが、最近は1歩だけ脱出できたように感じています。

これ以上、他人の言葉に惑わされずに生きていけるか。今後の自分の課題です。